「怒り」にも存在理由がある

優しい光がおりる場所(バラ)

この肉体という芸術の世界で、
何があったとしても
最初からぜんぶ丸ごと
包まれている。

人が出会い
新しい命が生まれることも

生命のかがやきを放つ肉体が
育つことも
傷つくことも
失われる可能性も

ドラマティックな衝突も
ありとあらゆる
暗闇
痛み
悲劇
哀愁
幸福
快楽

もちろん
死ぬ事も含めて

最初から無かったかのように
忘れられてゆく事も含めて。

目に入らない
ありとあらゆる存在も

私は悲しい時に
すぐに笑わせて欲しくない。

悲しい私の
悲しみの理由を聞いてあげたい。

そこにある悲しさに気づきたい。
思う存分泣かせてあげたい。

私は怒りがある時
すぐに手放したくなんかない。

怒りを握りしめている
小さな私に
『どうして怒ったままでいるの?』
と聞いたら
『これが私の誇りを守るやり方だから』
と彼女は答えた。

【怒り】という表現は

「私は私の気持ちを
ぞんざいに扱われた事を許さない」
と言っていた。

「私は無視されて良い存在ではない」
と、私自身に言い聞かせていた。

「私には私の意思がある」
と、世界に訴えていた。

「私は私を大事に扱う事を望んでいる」
「私は愛される事を諦めていない」

それは、愛を諦めていない
けなげな強さだった。

【怒り】の表面だけを見て
否定する必要なんて無かった。

【痛み】まで含めて
全てが愛で出来ている事。

愛は暗闇も内包している事。

怒って良かった
悲しんで良かった
ドロドロの真っ黒な絶望すら
その存在を許されている場があるんだよ。

愛は 「痛みを悪い物として排除する」なんて
なぜ 君は信じてしまったの?

幸福とは 「死なないことだ」なんて
「死ぬ事は可哀想だ」なんて…
なぜ 私は無意識に信じていたんだろう?

やがて春が来たら

バラ 白いunnamed

あいしている
ゆるされてる

120%そうならば、もう

あいされてるよね?
ゆるされてるよね?

何かで証明しようとしなくて良い。

確認しようとしなくて良い。

恐れがある時ってね
安心したくて

本当は愛なら、
愛を見せてよ、って

つい
愛に「証明」させようとしてしまう。
(ちなみに、これは負け戦になりますよ?)

でもそんな事するより
今そこにない愛を求めるより

恐れを抱きしめてみる方が断然良い。

今あるものを否定しないでみて。
そんなはずない、
愛されてるならそんなはずない、って

今もうそこにあるものを否定しないでみて欲しい。

それが恐れでも不安でもエゴでも良いじゃない。

私は不完全で
批判的で
妬み嫉みたっぷりで

冷たく
真っ暗な世界にいる…ならば、

それが今私に在る現実ならば
愛や光でコーティングするんじゃなくって

そこから
恐れごと抱きしめてみよう。

恐れてるまんまでも良いよ って言ってみよう。

怖くて縮こまって
不安でいっぱいな感覚に
ずっとそこにいても良いよって言ってみよう。

真っ黒なベールが剥がれたら
それは思わぬ光の種かもしれない。

やがて春が来たら。

カンチガイしてた事

image

今までどこかカンチガイしていた事で 
今でも気を抜くと勘違いしてしまう事…
「誰かスゴイ人が出て来て活躍すると 
私はかすんでしまう」 
っていうまことしやかな思考です。 
 
うへへへ。笑 
 
この思考って 
思い当たる人それなりにいるかなぁ 
と思うんですけど 
  
思いっきり生存競争に巻き込まれているし 
それだと生き残るために、 
どうにかして 
他者に勝たなければいけなくなる。 
 
「他の人より目立たなければ」 
「私の方がスゴイんだ」 
とかね。 
そう思いたくなる。 
 
そして、それが叶えられれば 
自分さえ勝てれば生き残れるって信じてる 
不安と恐怖ベースの思考。 
 
全部ウソだからね♪ 
 
私より 
もっとすごい人がいっぱい居て 
でも、別の角度を見てみると、 
その人より私の方が出来る部分があったりもする。 
(これは目が曇ってると見えません。 
が、ホントにあるんだよ~~~!!)
 
私にはゼッタイに出来ない事を 
なんなくやってのける人がいっぱい居る。 
 
ほんと、なんちゅー無駄なライバル意識で 
ジタバタしてたんだろう? 
 
私はやっぱりどこまでも 
でこぼこな自分を 
愛して 
受け入れて 
認めて 
認めて認めていくしかない。 
    
それが出来れば出来るほど、 
どこかいびつな天才を見るたび  
(突き抜けてる人って… 
別の場所が抜けてるよね?w) 
愛して  
受け入れて 
尊敬して 
たくさん輝いて欲しいと思える。 
 
不思議な事に、 
スゴイ人に全面降伏してみると 
 
別の場所から今度は私が尊敬されている。笑 
  
全てが巡り巡っていて 
私が発した愛と尊敬は 
やっぱり私に還ってくるんだな。 
 

私を自由にしてくれる言葉♪

「営業活動とは、自分を大きく見せること?」

今日は私も大好きなよしだあきさんのサイトをご紹介します♪ 

あきさんは、ロンドンコースの先輩でもあり、
かのバイロンケイティのワーク公認ファシリテーターさんなのです。

(日本在住では2人しかいらっしゃらないのですよ~) 
 
あきさんの上記のリンクから私を自由にしてくれた言葉をご紹介します。
抜粋なので、どうぞ全文見に行って下さいね。

営業について嫌悪感がある方へ 
良いサプリメントになるんじゃないかなあ♥  
 


 

営業活動って私も本当に誤解していました。 
良く見せないといけない、大きく見せないといけない、とずっと思っていました。

でも、選ぶ側のお客さんの立場に立って見ると、 
選びたいのはすごい人より素敵な人。
心が嬉しく思う人。心が共鳴する人。 
すごくなくてもいいから誠実な人。信用できる人。
そんな風に私は感じます。 


 
すごい人にならなくて良い。
 
大きな人にならなくて良い。 
 
立派な人にならなくて良い。 
 
尊敬される人にならなくて良い。 
 
私は私であれば良い。 
 
その事は、いつも、いつも、 
何度でも思いだしたい。  
 
すごい人にならなくて良いんだって 
そう思うとホッとします。  

そして、そのリラックスは私に
豊かさと愛をもたらしてくれる言葉。 

それは私にとっては真実の言葉。

怒りが湧いてくる時

バラ濃いめ

あなたが傷ついた時…
または、誰かに 傷つけられた、
と思った時…

湧いて来るモノは…

怒り、悔しさ、
憤り、悲しみ、
憎しみ、

そんな真っ黒い感情が湧いて来る時…
ありますよね。

その時
その怒りや憎しみが
本当に伝えているメッセージは何だろう?

誰かを許せないのはどうしてだろう?

「あなたが大切」
「あなたの大切なものが大切」

「あなたを愛してる」
「あなたが愛してる人を愛してる」

大切だからこそ
愛してるからこそ
生まれてくる感情なら、

それがどんなに暴力的で
汚いモノに見えたとしても

私は歓迎したい。
抱きしめてあげたい。

ようこそいらっしゃい。

愛してくれてありがとう。
愛そうとしてくれてありがとう。

守ってくれてありがとう。
守ろうとしてくれてありがとう。

そう言ってあげたい。

そして
思う存分、暴れさせてあげたい。

気がすむまで暴れたら良いし、
気がすむまで憎んだら良いし、
気がすむまで恨み切ったら良いよね。

その底の底にあるのは
いつだって光だし
愛しか出て来ないのを知ってるよ。

元々私たちは愛されていて
全てを愛していて
それしかないのに
その事をわざわざ忘れるのは

もう一度それと再会したいから。

だから何度でも忘れて良い。
何度でも忘れたい。

当たり前になって
輝きを失ったように見えるものに
もう一度光を当てるために。

自然に起こる事の力

私たちはきっと 
いつも自然に起こることに連れていかれている。 
 
何かに向かっていったり 
何かを求めたり 
何かになろうとしたりする力よりも 
 
自然に連れていかれる力の方が 
きっと何十倍も強い……… 
 
自分が通ってきた道のりを 
後から振り返ってみると 
 
これこれは自分がこう思って 
こう行動して、 
自分の力で起こした事だと 
 
そう解釈する事も出来るけれど 
 
その時の自分に流れてきた自然の力が 
それを導いてくれたに過ぎない。 
 
無駄な抵抗はやめよう。 
 
そして 
それでも私が 
小さいながら築いてきた 
「自分」という砂の城に 
必死でしがみつく事さえ、自然の設計図通りなのだ。

花人間_0896-2

わたしにとっての真実とは

ちえジドリ~B612

私にとっての真実とは
いつも私を自由にしてくれる方。

私の選択は
いつも私が心地良い方。

それで良いんだよ。

私を制限するものは全部ウソだ。
私を苦しくさせる価値観は全部ウソだ。

すくなくとも、私にとっては。

それで良いんだよ。

他の誰かの人生じゃないもの。

いつも何かを…

7月7日6

気づけばいつも
いつも何かを探してるし
いつも何かになろうとしてるし
いつも何かを手に入れようとしている。

そんなつもりもなく
今の自分を無意識に否定して生きてる。

どうしてだろう。

どうして?

なにが怖いの?

なにが不安なの?

なにが起きると思ってるんだろう?

そして、「それ」の
何があなたを損なうと思っているんだろう。

それがどんなに正しくても

それが例えどんなに
正しい事だとしても

それが例えどんなに
愛からの言葉だったとしても

それが例えどんなに
賢く、すべて善意からの
物事だったとしても

わたしを傷つける言葉なら
信じなくて良かった。

わたしを傷つけるくらいなら
信じなくて良かった。

わたしを弱らせる言葉なら
心に入れなくて良かった。

わたしはわたしを
何より大切にして良かった。

正義や善意や
世界の平和より
わたしの平和を

エゴ塗れのわたしの欲望を
何よりも優先して良かった。

黒背景の華

意味を求めるのを辞めてみる

嫌な出来事が起きた時 
嫌いな人が現れた時 
  
【これにはどんな意味があるのだろう?】 
 
って考えるタイプですか? 
 
真面目な人ほど、こんな風に内省しがちですね。
 
それが悪いとは思わない。 
役に立つ時もあるから。  

でも今日提案したいと思うのは、 
 
もう、意味を求めるのやめませんか?って事。 
 
尊い理由でも 
下らない理由でも 
単なる偶然でも 
運命でも 
愛のメッセージでも 
単なるエゴの欲望でも 
 
どれでも良いじゃない。 
 
どれであっても良いよ。 
 
意味があっても、なくても、良いじゃない。
 
だってどの意味が正解か、なんて 
本当は誰にも分からないんだから。 
  
ただ「今」という不思議空間で 
流れに身を任せて 
リラックスしてみませんか♥